東大寺総合文化センター

文字サイズ

お知らせ

特集展示 孝謙天皇

令和2年10月1日(木)〜11月17日(火)

 本年は孝謙(称徳)天皇が神護景雲4年(770)に崩御されてから1250年の節目の年に当たり、10月15日には大仏殿で孝謙天皇一二五〇年御遠忌の法要が営まれます。
 孝謙天皇は東大寺の本願・聖武天皇と光明皇后の内親王で、天平勝宝4年(752)4月9日におこなわれた大仏さまの開眼供養会には天皇として参列されています。また天平勝宝6年には大仏殿の前にもうけられた戒壇で父母とともに鑑真和上から戒を授けられるなど東大寺とゆかりの深い天皇です。
 今回の特集展示では東大寺に伝わる孝謙天皇ゆかりの寺宝を展示いたします。

                   特集展示 展示一覧

・重要文化財 東大寺要録(とうだいじようろく) 巻第1 本願章
 紙本墨書 室町時代(15世紀)

 東大寺要録は奈良時代から平安時代までの東大寺の寺誌で、巻第一の本願章には大仏造立を発願(ほつがん)した聖武天皇の他、開眼時に天皇の位にあった孝謙天皇のことも書かれている。孝謙天皇は聖武天皇・光明皇后の内親王で養老2年(718)に誕生、天平感宝(てんぴょうかんぽう)元年(749)7月2日に32歳で天皇に即位、即日元号を天平勝宝(てんぴょうしょうほう)と改元したこと、天平勝宝4年4月9日には天皇として大仏開眼の大会を催したことが記されている。

・国宝(東大寺文書のうち) 孝謙天皇勅施入状案(こうけんてんのうちょくせにゅうじょうあん)
 紙本墨書  南北朝時代(14世紀)

 孝謙天皇が天平勝宝7歳(755)10月に東大寺の堂舎造営の材木を調達するために伊賀国名張郡板蠅杣(いがのくになばりぐんいたはえのそま)を東大寺に施入した際の文書の控(ひかえ)。板蠅杣は材木を伐り出すために入った工人が食糧を確保するために杣周辺の土地を開墾、施入状では杣の東の境とされた名張川を越えて範囲を拡張していった。11世紀中頃までには東大寺の最大の荘園である黒田荘へと発展していった。

・阿難四事経(あなんしじきょう) (伝孝謙天皇宸筆) 
 紙本墨書  室町時代(15世紀)

 釈迦十大弟子の一人・阿難に問いに対し、慈・悲など4つの仏法を説いたもの。中国三国時代・呉の支謙の訳。
 本経は巻末に神護景雲2年(768)5月13日付の称徳天皇(孝謙天皇の重祚してからの称号)の勅願文(書写の趣意)がある。筆法から室町時代に書写されたものとみられるが、東大寺では孝謙天皇の宸筆(しんぴつ)として伝えられてきた。



■同時にミュージアム内で戒壇堂四天王立像(塑造・奈良時代)を特別公開しております。どうぞご拝観下さい。■

PAGE TOP