東大寺総合文化センター

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お知らせ

特集展示 史料にみる戒壇堂四天王立像

令和2年7月23日(木)〜8月16日(日)

 戒壇院戒壇堂は工事のため3年間の予定で、令和2年6月末日をもって一時閉堂いたしました。工事期間中、戒壇堂に安置されている塑造四天王立像(国宝)は、ミュージアムに一時お移しして特別公開することになりました。
 それにともない、公開される機会のほとんどなかった塑造四天王立像に関わる史料を展示します。

                   特集展示 展示一覧

・重要文化財 東大寺要録(とうだいじようろく) 巻第4 諸院章
 紙本墨書 室町時代(15世紀)

 東大寺要録は奈良時代から平安時代までの東大寺の寺誌で、巻第四諸院章には奈良時代の戒壇院のことが書かれている。戒壇院は天平勝宝6年(754)5月に建立の宣旨が出され、翌年10月13日に完成の供養がおこなわれた。戒壇上の四隅には銅造の四天王立像が安置かれていたとの記述がある。

・東大寺年中行事記(とうだいじねんちゅうぎょうじき)(享保16年〜17年)
 紙本墨書 江戸時代・享保16年〜17年(1731〜1732)

 江戸時代、東大寺の運営組織であった年預所が日々の出来事を記した日記。享保16年(1731)9月21日条に四天王像に関する記述がみられる。戒壇堂が復興されるにあたり、戒壇院に止住していた僧の望みにより戒壇堂へ移安されたことがわかる。

・戒壇院如法律儀第三興隆録(かいだんいんにょほうりつぎだいさんこうりゅうろく)   
 紙本墨書 江戸時代(18世紀)

 江戸・霊雲寺の慧光長老によって戒壇院が享保18年(1733)に復興された際の記録。復興時に整えたれた諸道具の目録中、尊像の部に壇上の宝塔内に安置された釈迦・多宝両像とともに四天王像が書き上げられている。
 この記録からは戒壇堂に安置される前は大仏殿西側の中門堂(現在の指図堂付近)にあった古い像であり、この時の復興に際して修理が施され、戒壇堂に移安されたことがわかる。

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