東大寺総合文化センター

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特集展示「二月堂修二会」

特集展示 「二月堂修二会」


平成28年2月6日(土)〜3月21日(月・祝)

 二月堂修二会(にがつどう しゅにえ)は二月堂の本尊・十一面観世音菩薩に日常の罪過を懺悔(さんげ)し、除災招福を祈る「十一面悔過(けか)」法要です。旧暦二月におこなわれていたことから修二会といい、観音さまにお供えする水を井戸から汲む作法が取り入れられていることから?お水取り?とも通称され、春を呼ぶ行事として人々に知られています。
 二月堂修二会は良弁(ろうべん)僧正の高弟、実忠和尚(じっちゅうかしょう)によって大仏開眼の年、天平勝宝四年(752)に創始されました。今日に至るまで「不退行法(ふたいのぎょうぼう)」として1年も欠かさず行われていて、平成28年で1265回を数えます。この行法の長い歴史の中には平安末期の源平の戦いや戦国の騒乱、二月堂焼失や先の大戦での徴兵や空襲の影響など幾度となく存続の危機がありました。
 今回の特集展示では、寛文7年(1667)の行法中に起きた火災で焼失した二月堂から救い出された経巻、二月堂再建のための指図(設計図)、戦時色が濃くなった昭和19年の練行衆日記などを展示します。
 幾度かの存亡の危機に立ち向かった練行衆をはじめとする人々の気持ち、行法継続への思いや努力を感じ取っていただければ幸いです。



特集展示 「二月堂修二会」展示品リスト


・重要文化財 二月堂本尊光背(銅造舟形光背)     1面     銅製 奈良時代(8世紀)
 二月堂の本尊十一面観音像(秘仏)の光背。寛文7年(1667)の火災時に破損し、二月堂から取り出された。表裏ともに美しい線刻画がある。平成24年度から行った修理によって、裏側の線刻も見られるようになった。修理後、初の展示。


・重要文化財 香水杓     2枝     銅製 鎌倉時代・寛元五年(一二四七)、文永四年(一二六七)
 二月堂の修二会中に使われる銅製の杓。独特な形状で、香水を分け与える際に用いる。刻銘があり、鎌倉時代の製作とわかる。

・二月堂再建地割図(梁行図、桁行図)     2鋪      紙本墨書 江戸時代・寛文7年(1667)
  寛文7年(1667)の二月堂炎上直後に作成された現在の二月堂の設計図。縮尺は10分の1。

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二月堂再建地割図(梁行図)

・重要文化財 紺紙金字華厳経(二月堂焼経)     1巻     紺紙銀字 奈良時代 (8世紀)
  インド仏陀跋陀羅訳の旧訳華厳経(六十華厳)。寛文七年に二月堂が炎上した後、焼灰中から取り出されたため上下に焼痕がある。

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紺紙金字華厳経(巻末)

・東大寺年中行事記録     1冊     紙本墨書 江戸時代(17世紀)
  東大寺の寛文7年から10年にかけての日記。二月堂指図(設計図)作成のために指図の制作者である鈴木与次郎が来寺したことが記録されている。

・東大寺年中行事記     1冊     紙本墨書 江戸時代 元文3年(1738)
  元文3年(1738)の年中行事記。大きくなりすぎた松明から火事が起こることを用心して松明の大きさの規制する別当からの申し渡しの記事がある。

・重要文化財 二月堂修中練行衆日記     1冊     紙本墨書 明治時代・明治6年(1873)
  明治6年の修二会の日記。この年新暦が採用され、修二会は旧暦の明治6年2月にあたる新暦の明治6年3月まで延期された。これ以降、修二会は3月におこなわれるようになった。

・重要文化財 二月堂修中練行衆日記     1冊     紙本墨書 現代・昭和19年(1944)
  行中に練行衆3人に召集令状が届いた年の修二会日記。

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