東大寺総合文化センター

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特集展示「二月堂修二会」



特集展示「二月堂修二会」
平成27年2月7日(土)〜3月30日(月)



 二月堂修二会は二月堂の本尊・十一面観世音菩薩に前年の罪過を懺悔(さんげ)し、その年の除災招福を祈る「十一面悔過(けか)」法要です。旧暦二月に修すことから修二会といい、儀式の一部の名をとって″お水取り"と通称され、春を呼ぶ行事として人々に知られています。
 二月堂修二会は良弁僧正(ろうべんそうじょう)の高弟、実忠和尚(じっちゅうかしょう)によって大仏開眼の年、天平勝宝四年(七五二)に創始されました。今日に至るまで「不退の行法」として一年も欠かさず行われていて、今年、平成二十七年で千二百六十四回を数えます。この長い歴史の中には平安末期の源平の戦いや戦国の騒乱、二月堂焼失や先の大戦での空襲の影響など幾度となく存続の危機がありました。
 今回の特集展示では、寛文七年(一六六七)の行法中に起きた火災で焼失した二月堂から救い出された経巻、二月堂再建のための指図(設計図)、戦時色が濃くなった昭和十九年練行衆日記などを展示します。
 幾度かの存亡の危機に立ち向かった練行衆をはじめとする人々の気持ち、行法継続への思いや努力を感じ取っていただければ幸いです。



                 特集展示 展示品一覧
             (期間中、一部展示替えをいたします)



・重文 紺紙金字華厳経(二月堂焼経)     紺紙銀字  奈良時代 (8世紀)
     インド仏陀跋陀羅訳の旧訳華厳経(六十華厳)、寛文七年に二月堂が炎上した後、
     焼灰中から取り出されたため上下に焼痕がある。


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紺紙金字華厳経(巻末)


・重文 中臣大祓     紙本墨書  江戸時代 寛文9年 (1699)
     練行衆が参籠宿所に入る日の夕刻に行う大中臣祓の際に黙誦する「祓詞」が書
     かれる。途中、公慶上人の手になる伽藍復興の祈願文が貼られている。


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中臣大祓(部分)


・ 木造大刀(達陀行法用) 木製漆塗  江戸時代(18〜19世紀)
     達陀の際、練行衆が扮する八天のうちの一人が持つ木製漆塗の刀。初展示


・ 銅時香串        銅製     江戸時代(18〜19世紀)
     一定時間の経過を香の燃焼具合によって計るが、この串を香の線上脇に挿し、
     時間経過の目印としている。頭に日中、日没、初夜などの文字がある。初展示


・ 東大寺年中行事記録   紙本墨書  江戸時代(17世紀)
     東大寺の寛文7年から11年にかけての日記。二月堂指図(設計図)作成のた
     めに製作者の鈴木与次郎が来寺したことが記録されている。


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東大寺年中行事記録(冒頭)


・   下七日参籠練行衆交名  紙本墨書  江戸時代 寛文6年(1666)


・重文 下七日参籠練行衆交名   紙本墨書  江戸時代 寛文7年(1667)
     修二会参籠衆の名簿。寛文6年は公慶上人が新入の年。翌7年は二月堂が炎上
     した年、で小観音を救出した堂司・実賢の名がある。


・重文 二月堂修中練行衆日記   紙本墨書  江戸時代 嘉永7年(1854)
     相模国浦賀に“黒船”、ペリーが来航した年の修二会中の日記。


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二月堂修中練行衆日記(嘉永7年(1854))



・重文 二月堂修中練行衆日記     紙本墨書  明治時代 明治6年(1873)
     明治の改暦により修二会が2月から3月へと変更になった年の修二会日記。
     (2月7日〜28日 展示)


・重文 二月堂修中練行衆日記     紙本墨書 昭和時代 昭和19年(1944)
     行中に練行衆3人に召集令状が届いた年の修二会日記。
     (3月1日〜30日 展示)


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二月堂修中練行衆日記(昭和19年(1944))


二月堂再建地割図(梁行図、桁行図) 紙本墨書  江戸時代 寛文7年(1667)
   寛文9年に再建された現在の二月堂の10分の1の設計図。

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二月堂再建地割図(梁行図) 



・屋外展示 「籠松明」
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