東大寺総合文化センター

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東大寺ミュージアム

修理完成記念特別展 『国宝・東大寺金堂鎮壇具のすべて』

国宝東大寺金堂鎮壇具は、明治40年~41年に大仏さまの須弥壇の周囲から発見・発掘されました。この度、平成22年秋に「陽剣」「陰剣」の象嵌銘が発見された大刀2口を含む、国宝東大寺金堂鎮壇具の保存修理が完成し、記念特別展にて一括公開しました。
本展では『国家珍宝帳』所載の金銀荘大刀2口、また鞘に繊細な金平脱唐草文様がほどこされた金鈿荘大刀2口、鞘に含綬鳥文を表した金鈿荘大刀1口、刀身に北斗七星の象嵌がある銀荘大刀1口をはじめ、鉄製の小札を組紐でつづった挂甲残闕、金泥文様のある漆皮箱残欠、銀製狩猟文小壷など、多種多様の出土遺品を展示しました。
正倉院に残る『出蔵帳』の記載から、これらの出土遺品は、おそらく光明皇后により天平宝字3年(759)12月以降頃に埋納された宝物と考えられています。

鎮壇具の他には
第1室
国宝誕生釈迦仏立像および灌仏盤(奈良時代)など大仏開眼頃の彫刻と工芸
第2室
国宝日光・月光菩薩立像(奈良時代)
重文地蔵菩薩坐像(鎌倉時代)
重文不動明王及び二童子像(南北朝時代)
天平写経
第3室
重文塑造弁才天立像及び吉祥天立像(奈良時代)のほか、彫刻や工芸
第4室
東大寺の聖教・記録・古文書・絵画
第5室
東大寺の考古
などを展示しておりました。いずれも、東大寺の歴史を語る貴重なものばかりです。

主な出陳作品

国宝 東大寺金堂鎮壇具のうち
   金銀荘大刀(X線写真)
   奈良時代(8世紀)
平成22年、修理のためのX線調査を行い、刀身にそれぞれ「陽剣」「陰剣」の象嵌銘が見つかった。鎮壇具に含まれる6口の大刀のうち、外装は比較的簡素、装飾性は高くない。だが、その象嵌銘よりこの大刀は、正倉院の『国家珍宝帳』中に記載される「陽宝剣」「陰宝剣」であり、聖武天皇の遺愛の品であることがわかる。
国宝 東大寺金堂鎮壇具のうち
   銀製狩猟文小壷
   奈良時代(8世紀)
銀を溶かして鋳造し、轆轤引きで仕上げてある。胴には騎馬の人物が弓を携え、鹿などを追う姿が毛彫りであらわされる。間地には魚々子、文様部分には鍍金が施される。日本で作られたものと思われるが、唐(中国)の影響を受けた巧みな描写が際立つ作品である。
国宝 東大寺金堂鎮壇具のうち
   銀製蟬形鏁子
   奈良時代(8世紀)
鏁子とは、錠の一部分のこと。箱の蓋と身に宝相華文の座金を取り付け、蝉の形をした錠でつなぐ。蝉の目の間にある鍵穴に、鍵を差し込み開閉する。銀製の錠は非常に珍しい。
国宝 東大寺金堂鎮壇具のうち
   瑞花六花鏡
   奈良時代(8世紀)
白銅鋳造で、中央に鈕と蓮弁を据え、周囲には唐草でつないだ四弁の瑞花と蕾を、流麗な線でもって描きだしている。同じ文様の鏡やその破片が、正倉院宝物や国内の出土鏡などに数例みられる。意匠自体は瀟洒であるが、文様の鎬が甘いところから、唐鏡を型取りして鋳造した、いわゆる踏み返しの技法をもって製作された鏡と考えられる。
重文 西大門勅額
   額面 奈良時代(8世紀)
   八天王像 鎌倉時代(13世紀)
西大門は、かつて東大寺の正門として、現在の南大門をしのぐ規模を誇った。その門に掲げられていたという巨大な門額。額面には、聖武天皇宸筆と伝わる「金光明四天王護国之寺」の文字を刻む。額面の周囲には、鎌倉時代の作の八天王(梵天・帝釈天・四天王・金剛力士)を配し、東大寺の正門にふさわしい風格を備えている。
重文 不動明王及び二童子像
   南北朝時代 応永6年(1373)
   
本像も法華堂須弥壇に安置されていた。法華堂で近世末期まで行われていた「当行」という千日不断花(千日にわたり花を供える行法)の本尊である。本像は右手に剣、左手に羂索を執り、朽木で造形した岩坐に左足を垂下して坐す。その足元に制吒迦と矜羯羅の2体の童子。三尊ともヒノキ材の寄木造りで、玉眼、素地に胡粉下地を引き、彩色を重ねる。不動明王は大日如来の三輪身のひとつで、忿怒形で表現される。
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